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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)6371号 判決

原告 堀千秋

右訴訟代理人弁護士 榊原卓郎

同 武山信良

同 五月女五郎

被告 日本電信電話公社

右代表者総裁 秋草篤二

右訴訟代理人弁護士 久保哲男

右指定代理人 杉野龍武

同 金子晋一

主文

1  被告は、原告に対し、金四〇三万五五八七円及びこれに対する昭和五二年八月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三六六三万三〇八五円及びこれに対する昭和五二年八月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故(以下本件事故という)の発生

原告は、昭和五二年二月一四日午後九時一〇分頃、東京都練馬区高松五丁目九番地先通称笹目通りの東側歩道上を自転車に乗り北へ向かって通行中、歩道の西側(進行方向の左側)に被告が設置し、管理する石神井局一七号のキャビネット型公衆電話ボックス(以下「本件電話ボックス」という)の開いていた扉(以下「本件扉」という。)に衝突して歩道上に転倒し、入院期間三〇日を含め約五か月間の加療を要する左肘関節複雑骨折の傷害を負った。

2  責任原因

(一) 本件電話ボックスの設置の瑕疵

(1) 本件電話ボックスは、歩道のガードレールから四五センチメートル内側に立てられた支柱の地上九五センチメートルから一七三センチメートルの高さの間に歩道の内側に向けて取り付けられた合成樹脂製のキャビネットに電話器が納められたもので、そのキャビネットは、上部において七四センチメートル、下部において三一センチメートル支柱から歩道の内側に突き出ていて、これに自動閉鎖機能を備えた幅五五センチメートルの合成樹脂製の左開きの本件扉が取り付けられており、この扉が全開されたときは、歩道の幅員のうち通行可能な範囲は僅か一二四センチメートルに過ぎず、しかも歩道の反対側には植込と有刺鉄線とがあって、現実に通行可能な範囲はさらに狭められた状況となっていた。

(2) 被告は、本件電話ボックスの設置者であるが、歩道に電話ボックスを設置する以上、これをできる限り歩道の端に寄せ(この方法をとっただけで、仮に扉が全開されたときでも、計算上約一六九センチメートルの幅員が確保される。)、かつ、その向きを歩道と並行にするなどの方法により設置して歩道の有効幅員をできるだけ大きく確保し、歩道通行者の通行の安全を確保する措置を講ずるべきであるのに、これを(1)記載の状態に設置したので、有効幅員が十分確保されず、安全が確保されなかったため本件事故が惹起されたものであるから、本件電話ボックスの設置に瑕疵があったものというべきである。

(二) 本件電話ボックスの管理の瑕疵

(1) 本件電話ボックスの扉は、もともと、開扉されても自動的に閉鎖する機能を有していたが、本件事故当時、扉の一部が破損した上、自動閉鎖機能が働かなくなり、全開して歩道の内側に突き出た状態となっていた。また、本件電話ボックスの支柱の上部先端の螢光灯及び本件電話ボックス内の上部の螢光灯は、いずれも故障して点灯していなかったため、付近は暗く、本件電話ボックス及び全開していたほぼ透明の本件扉の存在を認識することは、歩道通行者にとって困難であった。

(2) 被告は、本件電話ボックスの管理者であるが、本件事故当時、本件扉の自動閉鎖機能の故障及び本件電話ボックスの照明の故障を修理せず放置したため、本件事故が惹起されたものであるから、被告の本件電話ボックスの管理に瑕疵があったものというべきである。

(三) 一般不法行為(予備的主張)

被告は、本件電話ボックスを設置した際、これを歩道利用者の通行の障害とならないよう設置すべき注意義務があったのに、これを怠り、前記(一)記載のとおり、安全に対する配慮を欠いて設置した過失があり、そのため本件事故を惹起させたものである。

3  損害

原告は、本件事故により、次のとおり合計金三六六三万三〇八五円の損害を蒙った。

(一) 治療費       金四〇万円

原告は、本件事故による傷害のため、昭和五二年二月一四日から同年三月一二日まで及び同年六月一〇日から同月一二日まで入院したほか、約五か月間通院し、治療を受けた。

(二) 交通費

(1)(2)の合計 金六万〇七六〇円

(1) 原告本人のバス・タクシー代 金四万九九六〇円

(2) 原告の家族のバス・タクシー代 金一万〇八〇〇円

(三) 雑費

(1)ないし(6)の合計 金一〇万三〇〇〇円

(1) 眼鏡修理代 金四万五〇〇〇円

(2) 自転車修理代 金五〇〇円

(3) 入院中付添費(六日間) 金三万円

(4) 看護婦謝礼 金七〇〇〇円

(5) 洋服洗濯代 金二三〇〇円

(6) 見舞客接待費 金一万八二〇〇円

(四) 逸失利益

(1)(2)の合計 金三〇二六万九三二五円

(1) 休業損害 金二六九万九七一七円

原告は、株式会社平和エンタープライズ(以下「訴外会社」という。)及び平和綜合企画株式会社(以下「平和綜合企画」という。)に勤務し、本件事故の直前の昭和五一年度においては年額金七四九万九二四一円、月額平均金六二万四九三六円の収入を得ていたが、本件事故の結果、二回の手術と治療のため、昭和五二年中において次のとおり休業し、その間に得べかりし金二六九万九七一七円の収入を得られなかった。

(ア) 二月一五日から五月八日まで 事故直後の完全休業

(イ) 五月九日から六月九日まで 一日六時間の休業

(ウ) 六月一〇日から同月二〇日まで 再手術のため完全休業

(エ) 六月二一日から七月一三日まで 一日四時間の休業

(2) 後遺障害による逸失利益 金二七五六万九六〇八円

原告の左肘関節には、屈曲・伸展の運動領域に著しい制限を受ける後遺障害が残っており、この障害は、自賠法施行令別表一〇級一〇号の「一上肘の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当し、その労働能力喪失率は二七パーセントであるから、原告の就労可能年数を二〇年とし、前記昭和五一年度の原告の年間収入を基準として新ホフマン係数(一三・六一六)を用いて計算すると、後遺障害による原告の得べかりし利益の喪失額は、金二七五六万九六〇八円(七四九万九二四一円×〇・二七×一三・六一六)となる。

(五) 慰藉料

(1)(2)の合計 金五八〇万円

(1) 本件事故による慰藉料 金八〇万円

原告は、本件事故により二度も手術を受け、長期間入院治療し、勤務を休んだ結果、営業成績は極端に下落し、社内における将来の昇進にも重大な悪影響を受けた。かかる原告の精神的苦痛を慰藉するためには、金八〇万円を必要とする。

(2) 後遺障害による慰藉料 金五〇〇万円

原告は、前記の後遺障害のため、ネクタイを締めることはもちろん、洋服の着脱も一人ですることは極めて困難であり、また、左手で食器を持って食事をすることも出来ないため、日常生活はもちろんのこと、仕事など公式の場でも不便を通り越して苦痛を感じている。かかる状態と原告が働きざかりであることを併せ考えれば、原告の精神的苦痛を慰藉するためには、金五〇〇万円を必要とする。

4  よって、原告は、被告に対し、金三六六三万三〇八五円及びこれに対する本件事故発生の後であり、全損害の確定した日の後の日である昭和五二年八月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1記載の事実(本件事故の発生)のうち、原告の受傷の程度が約五か月間の加療を要するものであったことは不知、その余は認める。

2(一)  同2の(一)記載の事実(設置の瑕疵)について、(1)のうち本件電話ボックス(本件扉を含む。)の材質、本件扉が自動閉鎖機能を備えていること、支柱の位置関係、(2)のうち被告が本件電話ボックスの設置者であることは認め、その余は否認する。

本件電話ボックスのキャビネットは、支柱の地上九三センチメートルから一六八センチメートルの高さの間に取り付けられていて、上部において六〇センチメートル、下部において三三センチメートル支柱から歩道の内側に突き出ており、幅五〇センチメートルの本件扉が全開されたときでも、歩道の幅員のうち通行可能な範囲は一二五センチメートルあって、人の通行に必要な幅員は十分確保されているから、本件電話ボックスの設置に瑕疵はない。

(二) 同2の(二)記載の事実(管理の瑕疵)について、(1)のうち、本件事故当時、本件扉の自動閉鎖機能が働かなくなっており、また、その一部が破損していたこと及び(2)のうち被告が本件電話ボックスの管理者であることは認め、その余は否認する。

(三) 同2の(三)記載の事実(一般不法行為)は否認する。

(四) 被告の主張(因果関係)

本件電話ボックスの南方約八メートルの電柱及び北方約二二メートルの歩道橋の脚部には、それぞれ四〇〇ワットの水銀灯が設置されていたうえ、本件電話ボックスの支柱上端の螢光灯(三〇ワット)も点灯していたから、付近は相当明るく、かつ、本件電話ボックス内上部の螢光灯(一〇ワット)も点灯していたから、歩道通行者としては、本件電話ボックスの存在及び本件扉が破損して開いたままの状態にあることを容易に認識し得たはずである。また、付近の歩道に並木があり、本件電話ボックスも並木と同じように設置されていたものであるから、原告が通常人としての注意を払って通行していさえすれば、本件事故は避けられたはずである。

したがって、本件事故は、原告の前方不注視による一方的過失によるものであって、本件電話ボックスの管理の瑕疵との間に因果関係はない。

3  請求原因3記載の事実(損害)について

(一) 同(一)記載の事実(治療費)のうち、原告の入通院期間は認めるが、治療費の金額は争う。

(二) 同(二)記載の事実(交通費)は争う。(1)の原告本人の交通費は、傷害の部位からみて、バス代に限られるべきであり、(2)の家族の交通費は、本件事故と因果関係がない。

(三) 同(三)記載の事実(雑費)は、いずれも否認する。雑費は、入院一日につき金五〇〇円として三〇日間合計金一万五〇〇〇円が相当である。

(四)(1) 同(四)の(1)記載の事実(休業損害)のうち月平均給与額及び休業日数を争い、原告が、その主張にかかる会社に勤務していることは明らかに争わない。

原告の給与は、月給ではなく歩合給であるから、休業損害の額を正確に計算することは困難であるが、原告の昭和五一年度における収入から税金、役員報酬及び必要経費を控除した金三四七万四三九九円を一二分した金二八万九五三三円を月平均給与額とすべきである。

(2) 同(四)の(2)記載の事実(後遺障害による逸失利益)のうち原告主張の後遺障害の残存、その障害の程度及び障害等級は認めるが、その余は争う。

原告の後遺障害による労働能力喪失率は、原告が単純肉体労働者ではなく、上肢の関節の機能障害が勤務に余り影響を及ぼさないことを考慮して一〇パーセントとするのが相当であり、中間利息の控除は、ライプニッツ方式(就労可能年数一九年、系数一二・〇八五三)によるべきである。また、原告の収入は景気に左右されて変動の激しい不動産業界における斡旋業の歩合収入であり、事故当時の収入を長期間にわたる逸失利益の算定の基礎とするのは相当でないから、逸失利益の算定の基礎となる収入は、労働省発表の賃金センサスによる平均給与額によるべきである。以上により計算すると、原告の得べかりし利益の喪失額は、金四二四万二九〇七円(三五一万〇八〇〇円×〇・一〇×一二・〇八五三)とするのが相当である。

(五)(1) 同(五)の(1)記載の事実(本件事故による慰藉料)は争う。

慰藉料は、入院一か月につき金一五万円、通院一か月につき金七万五〇〇〇円の割合で計算し、合計金四五万円とするのが相当である。

(2) 同(五)の(2)記載の事実(後遺障害による慰藉料)は、争う。

慰藉料は、原告の後遺障害の程度からみて、金一四一万円が相当である。

三  抗弁

仮に本件電話ボックスの管理の瑕疵と本件事故との間に因果関係があり、被告が損害賠償責任を負うとしても、原告の受傷は、原告自身の重大な過失によるものであるから、損害賠償額は過失相殺によって大幅に減額されるべきである。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  事故の発生について

請求原因1記載の事実(本件事故の発生)については、原告の受傷の程度を除き当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告(四七歳六月)は、本件事故当夜、現場からさほど離れていない高松病院に入院中の母親を見舞っての帰途、多少雨模様の中を近視用の眼鏡をかけ、自転車に乗ってゆっくりした速度で本件事故現場にさしかかったが、自転車の前照灯に照らされる路面を注視して進行するうち、本件扉が開いたまま自己の進路に突き出ているのに気付かず、これに顔面を打ち当て、その衝撃に慌ててハンドル操作を誤り、後に(二の1で)認定する歩道東側の有刺鉄線の柵及び植込の垣根に自転車を突込み、左側に転倒して左肘を路面に打ちつけて左肘関節複雑骨折の傷害を負い、当日の昭和五二年二月一四日から同年三月一二日まで及び同年六月一〇日から同月一二日までの合計三〇日間右高松病院に入院した(入院日数については当事者間に争いがない。)のを含め、同年七月中旬までの約五か月間本件事故による傷害の治療を受けたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実によれば、本件電話ボックスは被告日本電信電話公社が設置し、管理する公の営造物に該るから、その設置又は管理の瑕疵を主張してそれによる損害の賠償を求める原告の本訴請求については、以下、民法七一七条の特別法である国家賠償法二条の適用の問題として検討する。

二  責任原因について

1  本件電話ボックスの設置の瑕疵について

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場の歩道は、自転車の通行につき制限はなく、ほぼ水平で南北に通じ、アスファルトで舗装されており、西側の車道(六車線、片側三車線)とはガードレールで隔てられ、東側隣地との境には高さ約一・二ないし一・三メートルの有刺鉄線の柵及び植込の垣根があり、ガードレールと有刺鉄線の柵との間の距離は二・五七メートルあるが、ガードレールから歩道の内側数十センチメートルの位置に約一〇メートルの間隔で銀杏並木が続いているため、それだけ有効幅員は狭められている。銀杏の枝は有効幅員の上方にも伸びているが、通常の通行の妨げとなるものではない。

(二)  本件電話ボックスは、高さ七八センチメートル、幅約五五センチメートル、奥行は背面から測って上部屋根の部分において六〇センチメートル、下部において三三センチメートルのほぼ透明(屋根は朱色)の合成樹脂製のキャビネットに電話器が納められ、前面にオートヒンジによる自動閉鎖機能を備えた同じ合成樹脂製の縦約六四センチメートル、横約五五センチメートルの左開きの本件扉が取り付けられているものであるが、この電話ボックスは、銀杏並木の中間においてガードレールから四五センチメートル歩道の内側に立てられた高さ約三・四メートル、直径一五センチメートル(屋根のやや上からは少し細くなっている。)の金属製支柱の地上九五センチメートルから一・七三メートルの高さの間に、人が車道に向かって受話器を取るよう歩道の内側に向けて取り付けられている(本件電話ボックス及び本件扉の材質、本件扉が自動閉鎖機能を備えていること及び支柱の位置関係については当事者間に争いがない。)。

(三)  本件電話ボックスは、扉が全開されたときは、支柱から約八〇センチメートル突き出た位置に達し、その部分の歩道の通行可能な範囲は一・二四メートルとなるが、本件扉が閉じているときは、上部において屋根の庇の部分を含め六〇センチメートル、下部において三三センチメートル突き出た形になり、その部分の歩道の通行可能な範囲は約一・四五メートルないし一・七四メートルとなり、歩道へのはみ出しは銀杏並木とほぼ同じ程度となる。

(四)  本件電話ボックス内の上部には一〇ワットの、支柱の上端には三〇ワットの螢光灯がそれぞれ設けられ、暗くなるとフォトスイッチが作動して同時に点灯するようになっており、その南方九メートルの地点の電柱及び北方約二〇メートルの地点の歩道橋の脚部に街路灯(四〇〇ワットの水銀灯)がそれぞれ一基ずつ設置されている。夜間において、本件電話ボックス内及び支柱上端の螢光灯が点灯されないと本件電話ボックスは黒い影となって容易に確認し難いが、右の螢光灯が点灯されると、少なくともその手前九メートルの地点から確認できる。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

以上認定の事実によれば、本件電話ボックスは、歩道上において人の通路を狭める形に設置されているとはいうものの、その歩道に占める位置関係は銀杏並木とほぼ同じであり、その線からはみ出して歩道の通行を危くするほど有効幅員を狭めているというものではなく、いわば銀杏並木の一部と同視し得る程度のものであるということができ、かつ、本件電話ボックス自体及びその支柱に夜間においても歩道利用者がその存在を確認し得る照明装置を備えているのであるから、人が通常の注意力をもって歩道を通行する限りなんら危険のないものということができ、また、その利用に際しても、電話の使用者がその姿勢に多少の注意を払いさえすれば他の歩道通行者との衝突等の危険を容易に避け得ると認められるから、その設置方法につき、支柱をもっとガードレール寄りに移し、あるいは電話ボックスの向きを変える等の改善を施してさらに歩道の有効幅員を大きく確保する余地があるとはいうものの、本件の場合は、公の営造物としての電話ボックスの設置に瑕疵がある場合にあたらないというべきである。

2  本件電話ボックスの管理の瑕疵について

請求原因2の(二)記載の事実のうち、本件事故当時、本件電話ボックスのキャビネットの前面に取り付けられていた本件扉の自動閉鎖機能が働かなくなっていたことは当事者間に争いがないから、この点において被告の本件電話ボックスの管理には瑕疵があったというべきであり、前認定のとおり、本件扉が全開されたときの歩道上の位置関係からすると、扉の自動閉鎖機能が働かず、これが全開したままの状態になれば、本件扉の部分(地上約九五センチメートルから地上約一・六メートルまでの間)についてのみ歩道の通行可能な範囲は一・二四メートルとなるのに対して、地上九五センチメートルより下の部分に関してはその範囲が約二・一メートルあることになるので、歩道利用者が足下にのみ気を奪われ前方注視を怠れば、その直前に来るまで扉が開いたままであることに気付かず、これに衝突することもあり得ると十分予想できるのであり、本件事故はまさにこの場合に該当するから、本件電話ボックスの管理の瑕疵と本件事故との間には相当因果関係が認められる。なお、証人千葉岩夫の証言と《証拠省略》によれば、被告は本件事故発生の一週間前の昭和五二年二月七日、本件電話ボックスの清掃等を担当する同証人からの報告を受けて、本件扉に右の瑕疵のあることを知ったことが明らかである。

ところで、《証拠省略》によれば、本件電話ボックス内上部及び支柱上端の螢光灯については、昭和五一年一一月二六日に螢光管が新しく取り替えられたこと及び本件事故当日の日中本件電話ボックスの清掃をした証人千葉岩夫が右螢光灯のフォトスイッチの作動状況を確かめ、螢光灯が点灯することを確認したことを認めることができ、右認定に反する証拠はないから、同日夜右各螢光灯は点灯したものと推認できるところ、右の認定に反する《証拠省略》はいずれも採用できず、他に本件事故当時右の各螢光灯が点灯していなかったことを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する管理の瑕疵があったものとは認められない。

三  過失相殺について

前認定のとおり、本件事故現場はかなりの規模の主要道路の歩道上であり、《証拠省略》によれば、付近の銀杏並木も冬枯れて、水銀灯の照明もかなり届き易い状態であったと認められ、本件電話ボックス内上部及び支柱上端の各螢光灯も点灯していたのであるから、付近が必ずしも明るくなく、かつ、雨模様のため通常の運転姿勢を保つのに難があったと推認されるとはいえ、自転車に乗って周囲の状況を覚知し得ない状況ではなかったのであるから、自己の進路の前方に少し注意を払いさえすれば本件扉が歩道に突き出ているのを容易に発見することができたものと推認することができる。

したがって、原告には本件事故につき前方不注視の過失があり、その過失は大きいが、前認定のとおり、被告が本件扉に瑕疵のあることを知っていた事情を考慮して、損害賠償額の算定にあたっては、原告の過失の寄与率を四分の三(七五パーセント)として過失相殺するのを相当と認める。

四  損害について

1  治療費   金三五万七五〇〇円

原告の入通院期間については前認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、原告は、本件事故による傷害の治療のため入通院した高松病院における治療費として右の金額を支出したことを認めることができるが、これを超えて原告主張の金四〇万円を支出したことを認めるに足りる証拠はない。

2  交通費

(一)、(二)の合計 金五万四三八〇円

(一) 原告本人のバス・タクシー代 金四万九九六〇円

《証拠省略》によれば、原告は、本件事故による傷害の治療のため、昭和五二年三月一五日から同年六月三〇日までの間、高松病院及び名倉病院へ通い、そのための交通費として右金額を支出したことを認めることができる。

(二) 原告の家族のバス・タクシー代 金四四二〇円

《証拠省略》によれば、原告の二度の入院期間(三〇日間)中原告の家族が原告の世話をするため高松病院へ毎日一回通ったことが認められるが、本件事故当日の昭和五二年二月一四日は、入院する原告をその妻が自家用車で高松病院へ送って行ったものであることが明らかであり、その余の二九日のうち二六日は往路はタクシー(一回金三一〇円)を、復路はバス(一回金七〇円)を、その余の三日は往復バス(片道一回九〇円)をそれぞれ利用し、合計金一万〇四二〇円を支出したことを認めることができるところ、本件のように一家の主たる収入者の事故の場合においては、家族の交通費も必要最低限度でこれを被害者の損害であると認めるのが相当であり、本件が夜間の事故であったことを考慮し、タクシーの利用は事故の翌日限り相当と認められるが、その余については特段の必要性があったことを認めるに足りる証拠はないから、バス料金の限度でこれを損害と認める。

3  雑費

(1)ないし(6)の合計 金八万七八〇〇円

(1) 眼鏡修理代 金四万五〇〇〇円

(2) 自転車修理代 金五〇〇円

(3) 入院中付添費(六日間) 金三万円

(4) 看護婦謝礼 金四〇〇〇円

(5) 洋服クリーニング代 金二三〇〇円

(6) 見舞客接待費 金六〇〇〇円

原告が右(1)ないし(3)及び(5)の各金額を支出したことは《証拠省略》によりこれを認めることができ、右の支出はいずれも本件事故と相当因果関係があるものと認められる。また、《証拠省略》によれば、原告は入通院した高松病院の看護婦に対する謝礼として金七〇〇〇円を、見舞客接待費として金一万八二〇〇円をそれぞれ支出したことを認めることができるけれども、原告の負傷の程度、入院回数及び入院日数、通院期間、原告の社会的地位等を考慮し、看護婦に対する謝礼としては右のうち(4)の金四〇〇〇円の限度で、見舞客接待費としては右のうち(6)の金六〇〇〇円の限度でそれぞれ本件事故と相当因果関係のある損害であると認める。

4  逸失利益

(一)、(二)の合計 金一三一四万二六六九円

(一) 休業損害 金一三六万九九七〇円

原告が訴外会社及び平和綜合企画に勤務することは被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべく、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 原告の勤務する会社はいずれも不動産関係の会社であり、原告は主としてショッピングセンターの企画編成を専門に担当し、給与は固定給と歩合給の二本建てであり、昭和五一年度の収入金額は、平和綜合企画における役員報酬一〇万円を除くと金七三九万九二四一円で、これから外交員として勤務する場合の必要経費金三三一万九三一八円を控除すると、原告の年収は金四〇七万九九二三円、月平均金三三万九九九四円となる。

(2) 原告は、本件事故の結果二回手術を受けて入通院し、昭和五二年二月一五日から同年七月一三日までの間、次のとおり欠勤した。

(ア) 二月一五日から五月八日まで 事故後の全休

(イ) 五月九日から六月九日まで 一日約六時間の欠勤

(ウ) 六月一〇日から六月二〇日まで 再手術のため全休

(エ) 六月二一日から七月一三日まで 一日四時間の欠勤

(3) 原告は、右の欠勤のため、昭和五二年三月分、四月分の給与を受けられず、五月分から七月分までは各月金一一万円の支給を得ただけである。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないから、原告の右の欠勤による得べかりし利益の喪失は、(1)の月平均収入金額を基礎として計算すると、金一三六万九九七〇円となる。

(二) 後遺障害による逸失利益 金一一七七万二六九九円

本件事故による原告の後遺障害の存在(請求原因3の(四)の(2)記載の事実のうち)については当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、主たる後遺障害は左肘の屈伸の運動領域の制限であるが、運動領域は三五度で正常の運動領域の四分の一程度に制限されていることが明らかであるところ、利腕ではないこと、原告の勤務が単なるデスクワークでなく、いわゆる外回りの多い職務であることを考慮して、後遺障害による原告の労働能力喪失率は二二パーセントとするのが相当であるから、原告の就労可能年数を一九年とし、前認定の昭和五一年度における原告の年収を基準として新ホフマン係数(本件においてライプニッツ係数を用いなければ不合理が生ずるという事情はない。)を用いて計算すると、後遺障害による原告の得べかりし利益の喪失額は、金一一七七万二六九九円(金四〇七万九九二三円×〇・二二×一三・一一六)となる。

5  慰藉料

(一)、(二)の合計 金二五〇万円

(一) 本件事故による慰藉料 金五〇万円

前認定の本件事故の態様、傷害の部位、程度、入・通院期間等を考慮し、慰藉料として右の金額が相当であると認める。

(二) 後遺障害による慰藉料 金二〇〇万円

原告の後遺障害は前認定のとおりであり、それにより原告の被っている生活上の不便、肉体的・精神的苦痛等の具体的状況が請求原因3の(五)の(2)記載のとおりであることは、《証拠省略》により明らかであり、これを慰藉するためには右の金額が相当であると認める。

6  まとめ

以上の合計金一六一四万二三四九円が本件事故による損害と認められ、これにつき前記三の割合による過失相殺をして原告が被告に求めうる損害賠償金額を算定すると金四〇三万五五八七円となる。

五  結論

以上によれば、被告は、公の営造物の管理者として、本件電話ボックスの管理の瑕疵により原告に生じた損害金四〇三万五五八七円及びこれに対する本件事故発生後であり、全損害の確定した日の後の日である昭和五二年八月一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、原告の本訴請求は右の限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 久保内卓亞)

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